大阪市の平野区革新懇は6月14日、隣接する八尾市の陸上自衛隊駐屯地、垣内掩体壕(かいち えんたいごう)を見学しました。
集合後、事前学習をしっかりしてから、平和委員会のガイドで車2台に分乗して周りました。八尾空港は2013年、維新の橋下徹代表と松井知事(いずれも当時)がオスプレイの訓練使用候補
地に名乗りを上げた空港ですが、その企てを八尾市長がはねのけた経緯があります。いま、国による軍事利用や「自衛隊基地強靭化」が目に見える形で現れています。駐屯地内にある「農地」の17人の地権者に対し売却がすすめられ、強靭化ビル建て替え工事もされていました。すぐ前には保育園があるのに、事故の危険性や騒音被害が増すことを危惧せずにはおれません。
戦時中、本土空襲に備え飛行機を隠すためにつくられた掩体壕(右の写真)。貴重な戦争遺跡です。大阪での最初の空襲は1944年12月、B29により平野区瓜破(うりわり)の軍需工場――当時は大阪金属工業、現在のダイキン――への爆撃でした。平野区は八尾市に隣接する1km以内が「重要土地利用規制法」によって利用が規制される「注視区域」に指定されています。「学んで、見て、学び直す」ことができた有意義なフィールドワークでした。
